インスタレーションという形態は、当時始まったばかりだった。
アートがあることによって生まれた場が完結し、再現不可能な完成度を持つことは、本来目指すべきところでもある。
しかし、そこでぶつかるのが経済性である。
作品の保存、次への展開、日常の営為の上で困難が伴う。
私自身、秋山画廊という空間で完結する最良の方法を取ったのであり、個展の期間で完結するものだったが、経済的には困った。
もの派の登場時、インスタレーションという呼び方はなかったが、発表がその場限りで再現不可能であることを、美術制度を無視した非経済的なものと批判する議論がある。
また近年、タブローを作品形態として選択する作家が大多数となり、インスタレーションを行う人が少なくなっている。
これは、経済効率を優先するための選択である場合が、多いのかもしれない。
インスタレーションという形態は、現実的制約によって下火になったのかも知れないが、今、ここに、全力で場を作ることは、アートの目的に叶う。
→11自然への方途